京都西山  ポンポン山  '12.12.07

立石橋-正面谷尾根-関電鉄塔-西山キャンプ場-釈迦岳-ポンポン山-釈迦岳- 
善峰寺バス停-西山古道-クリンソウ地手前-嫁入道-展望台-西山キャンプ場-立石橋 

 寒い一日だったが、それにしても今日ほどいろいろあったポンポン山は珍しい。実は当方も寒波から何年ぶりの風邪引きの身となってしまったのだが、それをおしての歩きなのだ。まずはニソト(第二外環状道路)の近在では久方の大規模工事で、その槌音も喧しい奥海印寺界隈を過ぎてほたる橋を渡り、さらに進むと右に西山キャンプ場を見送ってポンポン山の登山口である立石橋(↓画像参照)を渡る。すると自動的に正面谷を詰めることとなる。とまぁ、誰でも知っている道なのにどうしてそんな説明するの?となるのだが、それは後で分かるというもの・・・

 さて、10分もしないで、右斜面にBM、H=130,000と意味不詳の白地に黒書きした標示物のある地より5mほど手前を右に取りつくのが、正面谷尾根の道である。平日で誰もいない静かな少々荒れ気味の尾根を取り留めもなく歩けるのが楽しい。
 あたりは慣れ親しんだ道のために、目につくものもなく頭の中も空っぽ状態とはこんな時空なのだろうか。いやはや山中にいる身は何にも代えがたいのだ。そんな静寂な無音の世界感を急ぐこともなく、ただ歩を進めるのみ、あ、子供の声かな・・?、いや空耳ではないの・・?などと今日は平日、こんな時間は子供は学校なのに~、、などとぼんやり耳が悪くなったのかななどとのんびりとしたものである。

 歩く正面谷尾根は短く、やや下がればポンポン山への本線がすぐ西側を伸びている。こちらはあえて反対にやや東にふり、そのまま道なりに進めば西山キャンプ場へ向かうのだが、我が足は今度はまた西向きに進んで関電の鉄塔到着である。笹薮が背も高くなって刈込のないところは背丈以上にもなっているところだ。そしてこの奥のヤマモモの大木(↓画像参照)の立つ幅広い道をそのまま北へ上がろう。

 何も考えずに散歩道を気分よく落ち葉を踏みしめることのできるのは最高の幸せというものだ。その後はやや登り気味に進むとすぐになだらかな下りとなって、この正面谷の散歩道が終わるのだ。もう終わりかと思った瞬間に、またまた今度ははっきり大きな子供の声がこだましたのであった。
 う~、やっぱり気のせいではなかったのだ。と前方を探すような仕草をすると樹間に黄色い鞄のようなものが動いているではないか。間違いない!、やっぱり子供がいる。足早に近寄ると、そこには進む道を探す母親と鞄を背に、水筒を手にした小学生が足をばたばたさせながら、母親にもうこれ以上進むのは嫌だというような姿でぐずっている。

 すぐにお母さん、ポンポン山に登るんですか?、と声をかけるとお母さんは「いえ、西山キャンプ場に行くんです、」と答えるのであった。これは道迷いだ!と分かったために、「なぜこんなところでうろうろしてるんですか?、そちらはポンポン山へ向かう登り道ですよ。お子さんは学校に行くような姿なのに」・・と聴けば、どうやら子達が「調子悪く、登校前に町医者に見せてから、今日行われる学校のイベントの西山キャンプ場へ合流しよう」とのことだったようである。

 これを聞いた私は、山歩きする人ならここからキャンプ場へはそう時間もかからないのだが、山歩きなどしたこともないお母さんのようで、道を教えても枝道多数でとても辿り着けないだろう。と判断し、お二人を連れて下りることにしたのである。
 いろいろな分岐を右に左に見送って歩くとお母さんの携帯のベルが鳴るのだが、さすがに双方ともに山中のためだろう、うまく繋がらなく話ができないのだ。ベルは何度か鳴るが状況は同じである。キャンプ場に居ると思われる先生も心配しているのだろう。
 そのうちに稜線の鉄塔あたりまで来ると、ベルがうまく鳴って、今度はようやく会話ができたようだ。心配の先生から学校にいる教頭先生に電話で様子を知らせ、その教頭先生からの電話だったようだ。片方が街中のために、双方ではないから話が通じたようで、これでキャンプ場で待つ先生へも連絡がいったことだろう。
 これでやれやれだ。二人を急がせることもなく、ゆっくりと転倒など怪我のないように誘導しながら下山に向かおう。あそこにはトイレもあるからネ、それにもう少し歩けば着くからねともう安心だ、おじさんと今度はポンポン山へ登ろうねと笑顔を誘うのであった。
 小学4年生とのこと、山や森に入ればドングリや昆虫や花など楽しいことがいっぱいあるからねと諭すように話し、もちろんこれから大きくなったら山登りもするんだよと薦めの声かけも忘れない。しばらく進むと、下の方で男女二人の先生の姿が子供の目に入ったようで、「せんせェ~!」、と安心したのか大声が出て小走りで下るのであった。
 こちらは「お母さんもうこれで大丈夫ですね」と言って、「ではこれにてポンポン山に向かいます」と分かれることにしたのである。私は先生に出会うと説明も時間も面倒なために、これで引き返そうと判断したのであった。

 山道を歩きながら、こう考えた。情に棹させば、流される。知に働けば、角が立つ。意地を通せば、窮屈だ。兎角この世は住みにくいと漱石の「草枕」の件が脳裏をかすめたのだ。この事件であの子が大きくなった暁には「道迷い」という、まかり間違えば遭難の憂き目に会ってしまったのだということが、分かってくれる岳人に成長してくれるのだろうか、などと勝手なことを思慮しながら、無意識のうちに釈迦岳を踏み、そしてポンポン山山頂の20数名の姿でハッとしたように我に返ったのであった。

釈迦岳山頂 ポンポン山山頂 山頂からの愛宕と地蔵山

 さぁ、遅くなったが昼食にでもしようかな、とあたりを見るとどっかで見たことのある顔、え~これは珍しい、と声をかけると何年か前に北アの燕から蝶ケ岳縦走やほかにも何回かの案内で、ご一緒した方であったのだ。再会を喜びあい、互いの元気な姿にこれからも末永く山歩きをしましょうと、先に下山されるというのを見送ったのだ。聴けばポンポン山を400回以上も登っているという、これまた地元の方であったのだ。

 そしてまた見知らぬ方から声をかけられた。立石橋から登ってこられましたね。とそうですが、、、と答えるとどうやらすぐ後に歩いておられたようだ。そして立石橋からすぐの左の鉄橋を渡ってのルートから登りましたとのことで、当方は正面谷尾根を登っていましたが、その後に道迷いの二人連れを西山にお連れしてきたので、遅くなったんです。と話が弾みだし、どっからいや~それならすぐ隣の町内ですや~ん。。などすっかり親近感が湧いてきたのである。その方も毎週登って来ています。今日で今年51回目ですワ!と笑っておられます。元気な人もたくさんいるものです。こちらはポンポン山を今年はまだ5回目なのに、、、これはもっと足しげく運ばねばならないナと考えを変えなければと思う始末であった。

 そうこうしているうちに山ガール二人の遅い到着である。まず写真を撮って昼食であるが、聞けば神峰山寺、本山寺から上がってきたようだ。ハイキングは少しはやっているようだが、まだまだこれからの山ガールだ。この頂上も初登頂のようだ。周りに見える山の名を教えてあげてもそう真剣味はなさそう。

 こんな様子を伺っていると、朝の道迷いを思い出してしまう。さぁ、この後のお二人はどの道を帰るのかなと心配になってくる始末だ。すると杉谷から善峰寺のバス停へ下山らしい。でも最終バスはあそこは15:24なのを知っているのだろうか。ハイキングはしてるが富士山も登ったこともないし、アルプスなどまったくないとのことで、しっかりガイド業を披露して来年の夏山を宣伝する始末であった。

 でもそうのんびりしてられないよ。すると時刻は調べているようだ。よければおじさんもどの道を降りてもいいから案内するよと口を滑らしてしまった。そして釈迦岳分岐で杉谷方面、でもこちらは下山後寺まで舗装路歩きが長いよと、この先まで進むとバス停近くまで山道歩きのできるコースもあるよと話すと、じゃそちらの方がいいとなって釈迦岳を踏んで、さらに南へ進み、展望地を東に降りていくコース取りとした。
 寺に近づくとせっかくだから展望地にも立ち寄り、善峯寺や小塩山方面を眺めてもらい、時間がせまったのでゆっくりとはできなかったのだが、時間どおり善峯寺バス停へ見届けて、当方は結局また西山古道1番の道標から引き返して、白糸の滝を見て、クリンソウ群生地手前の嫁入道へと入って行くのであった。

 さすがに少々遅くなってきたようだ。ヘッデンを持っているとはいえ、急ごう、あまりゆっくりすると山道も暗くなってくる。小走り気味でそれでも展望地には15:40で、これならもう大丈夫だろうと、これよりのんびり夕やみ迫る山中を、独特の枯葉色をつけてこの時期一目瞭然の樹木である「ヤマコウバシ」を見ながら、ボソボソと一部簡易舗装路を歩き、西山キャンプ場に着いたのがそれでも16:10だった。

ヤマコウバシ(クスノキ科) ヤマコウバシの葉と冬芽

 こうして西山キャンプ場林道の下り気味の道を歩いて立石橋のゲート(一番↑にある画像参照)16:25着である。そのゲートの中央にはA4版の用紙に「西山キャンプ場徒歩25分」とやや小さめの記入があったのだ。朝のお母さんと子供連れはこの案内をしっかり目にしなかったのが、道迷いの原因だったのだが・・・、山慣れない人たちには無理もなかろう。この字は小さすぎるよね。。。

 結局、我が方の本日の歩きは山頂での50分ほどの昼食時間もいれて、9時に自宅を出てから17時に帰宅までの8時間の徘徊となってしまった。もちろん納得済みの山歩きでもあった。今後も裏山で、すでに時効になってしまったワラビ取り殺人事件のようなことはもちろん、ポンポン山の山塊での遭難事件による新聞沙汰はまっぴらであるので、助け合いの心はいつまでも持ち続けて山歩きを楽しみたいものであると思いながら湯に浸かっていた。

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ポンポン山周回歩き

暮れのポンポン山徘徊