南ア 悪沢岳から赤石岳 '12.9.2~6

 まずは登山基地椹島泊から千枚小屋を目指そう。天候はそんなに芳しくはなさそうだが仕方ない。そして千枚岳、丸山を踏んだ後に南ア南部の雄であるお目当ての悪沢岳登頂を片づけ、お花畑などを楽しんだ後は荒川小屋へ泊ってしまい、大聖寺平から急坂を頑張って赤石岳へ、そして直下の赤石小屋へまた泊り、椹島へ下るという超ゆったり行程の山旅である。

 さて南アルプスの山々は北アや中央アと比べ「お花畑」と呼ばれる広大な面積の植物群落が数多くあるのが特徴ともいわれている。そんなことから今回のレポは高山の地形と植物との関連などを主体に述べてみたい。

 二日目のコースは落葉樹林からシラビソ、コメツガなどの針葉樹林へと変わる、うっそうとしてほとんど展望もない山道歩きが続くが、念願のフタバラン、ミヤマウズラなどが撮れた。安物コンデジでは光の薄い箇所はデジだけでなく腕もよくないために、これまでにも何度となく失敗を重ねていたのだ。


ミヤマウズラ

フタバラン

 そして蕨段からすぐでミニだが線状凹地というおもしろい地形が見られた。これは白馬岳北の三国境の稜線で平行するのが二重山稜または舟窪地形と呼ばれて有名だ。この地形はどうやらかっては寒冷な気候下にできる浸食地形だと考えられていたようだが、その後の研究によって稜線上だけでなく、山腹にも多数見られることが明らかにされ、今では中小の断層を境にして山体がずれることによって生じることがわかってきたようだ。
 したがって二重になった稜線よりも、そのあいだを伸びる凹地のほうに着目し、「線状凹地」とよぶことが多くなった模様である。この凹地は山の猛烈な風をしのぐのには最適な箇所ということで、北岳山荘や蝶ケ岳ヒュッテのように凹地に建てられた小屋も少なくはない。 

線状凹地

 亜高山帯の中の駒鳥池を過ぎるととたんにお花がみえだしてきた。時期的に夏のお花は終わったようだが、それでも咲き残っているのがうれしい。クロクモソウ、カイタカラコウ、ハクサンフウロ、シナノオトギリ、タカネヨモギなどだ。もっとも秋のものが多いのも期待以上である。ウサギギク、マルバダケブキ、ミヤマシシウド、トリカブト、サラシナショウマ、キオンにヤナギランも見られた。新しくなった千枚小屋一帯のお花畑でもちろん花巡りを楽しんだ。

 二泊目の千枚小屋前からの富士とご来光はほとんどかなわなかったが、南ア南部の最高峰である悪沢岳を目指す足は意気揚々であった。まず最初の千枚岳、この山域は強風が有名なほどでそれとあいまって積雪の状態などにより、一般的より低い2500mあたりが森林限界となっているようだ。その山頂一帯は千枚岩という板状に割れやすいことからついた名だが、細粒の堆積岩が変成したいわゆる変成岩である。
 この山頂から次のピークの丸山方向に下ると千枚岩のお花畑である。タカネビランジ、タカネマツムシソウ、タカネナデシコ、キタダケヨモギなどの高山植物が高い密度で咲き誇って登山者の笑顔が絶えない道のりである。

 丸い山帯の丸山、全国に数ある山名の丸山の最高峰の3000m越えだ。名のとおり地形としては岩稜帯ではなく大きな半球状になっている。もちろんこの斜面一帯にも周氷河地形である構造土の条線土、階状土、亀甲土、ソリフラクショウロープなどが発生し、このうち特に階状土がもっとも多く見られることで知られている。

 そして岩石累々の待望の悪沢岳到着である。不運にも本来の360度大展望は皆無となってしまうほどの真っ白状態で、我がグループ以外は誰一人影ない有様であったのが悔やまれた。それでも気を取り直して縦走継続である。激下りに入るとやはりいろいろなお花も見られて気分いい。この道筋に分布する高山植物はじつに多様性にとんでいる。その大きな理由は山稜を構成している岩石多様性からなるのであろう。
 この稜線の一帯は大昔の氷期の影響を鮮明に残し、千枚岩、砂岩、泥岩、凝灰岩、チャート、緑色岩などで構成されているようだ。もちろん悪沢岳山頂付近にも緑色岩や濃い暗赤色のチャート(ラジオラリア盤岩)は数多くころがっていた。

 さらに荒川三山へと進むが、猛烈な強風が続き、雨こそほとんど小降りなれども風の強さには泣いた。しかし崩落で名のある荒川前岳も足跡を残して、逃げるようにして前岳西南下のかの有名な「荒川のお花畑」へ下るのであった。もちろん時期的なことから有名なハクサンイチゲ、ミヤマキンポウゲ、シナノキンバイの群落はいずれも終了だったが、タカネマツムシソウ、イワインチン、ミソガワソウなどの秋花があちこちで咲き誇って出迎えてくれたのだ。
 この一帯はお花畑はさることながら、カール壁、崖錐、沖積錐、カール底、モレーン、岩石氷河などまさに氷河時代の名残の展示場である。この中において植物の種類のもっとも多い高山高茎群落は沖積錐にあたる部分といわれている。

タカネマツムシソウ

 さらにいえば日本の高山帯には周北極要素の植物が数多く分布しているが、南アのこのあたりが分布の南限になっているようで、かって稜線の両側に氷河が発達していたころから、この周辺に次のような周北極要素植物が生存していたといわれている。
 その種とはムカゴトラノオ、ムカゴユキノシタ、チョウノスケソウなどのようだが、ムカゴトラノオ、チョウノスケソウは普段からよく見ているのだが、今回は個体数のそう多くないムカゴユキノシタを、目を皿のようにして見て歩いたが、時期的な面からか出会うことはかなわなかった。 

 しかし、岩稜の影にひっそりと咲いていたミヤマタツネツケバナを見た時には、や、これもひょっとして周北極要素の植物ではないだろうかと考えてしまったのであるが、調べてみるもどうもそのような表現にはいきつかないのだがはたしてどうだろうか?

ミヤマタネツケバナ

 さてはて、これもカール地形内に建てられている荒川小屋で三泊目だ。この一帯も多雪により木元の曲がったダケカンバの周りがお花畑となっているが、すでにここまでに見ているお花ばかりで見飽きたと思ってしまうほどであり、感激度はそう高くはない。もちろんこの小屋前からの富士の姿も天候から納得のいくものとは言い難かったのも残念である。

 四日目は最後の雄大で日本のアラスカともいわれている大聖寺平から赤石岳を目指そう。小屋から樹林帯だが、登山道沿いには雪崩跡地や土石の流出跡地がある。その一帯にはややマイナーな樹種のガンコウランがハイマツの林床にどこまでも続いて見られ、山歩きをする人ならどなたでも知るコケモモも多い。
 そして目の前がぱっと明るくなると氷期の名残でもある氷河地形の広がる大聖寺平だ。ここの広大な周氷河平滑斜面は高山でも、そう目にすることのできない景観となっている。平坦な斜面が広い特色の大聖寺平だが、とりわけ植被階状土が特色だろう。
 では植被階状土とはどんな地形だろうか。階段状の地形で階段の前の面には植物が張りついているが、上面には砂礫が露出している。すなわち階段の足を乗せる部分には裸の砂礫地となっていて、垂直面には植生が存在する状態をいうのである。
 この一帯の北東向き斜面には10段くらいの典型的な植被階状土があるというが、今回写真を撮り忘れてしまったので次回には確認したいものである。

 さて、その上のダマシ平には足こそ踏み入れはしなかったが、小赤石岳の肩へ向けてフウフウいいながら登りに専念しなくてはいけないために、ダマシ平の条線土の様子は確認できずじまいだ。しかしジグザグの坂道をやるとそこは3000m越えの小赤石岳ノ肩で、もちろんあたり一面大展望となる。
 足元から順番に振り返ると、大聖寺平から荒川小屋、お花畑上の前岳、中岳に大きな山体の悪沢岳は立派、右の丸山は小さく、千枚は鋸の歯のようだ。長時間の歩きを思い出しながら感激の一瞬である。さぁ、目の先に待つ赤石岳へアタックとしよう。といっても空中散歩気分で1等三角点の最高峰でもある赤石岳登頂成功だ。待っていたかのような展望が開けて気分爽快、またまた今回も赤石岳頂上は360度の大展望となったのであった。

荒川三山 聖岳

 最後のピークを終え、これまた線状凹地に建つ山頂直下の避難小屋で休憩させてもらった後は、山頂からコルまで戻って赤石沢支流の北沢源頭部からラクダノ背をトラバースしながら赤石小屋へ下ろう。途中には富士見平で荒川三山南面にあるカール3兄弟を眺め、ゆったりと最後の一本である。そしてまたまた感激の山旅を振り返るのであった。
 荒川岳のカール3兄弟は左の西側にある前岳南東面の、いわゆる荒川のお花畑のカールだ。そして中央のカールは大型の岩がならぶしっかりしたターミナルモレーンが残っているが、岩ばかりで水がたまらず、カール底は存在しない。そして右に見える東側の悪沢岳南西面のものは、ターミナルモレーンがすっかり流され、そのままV字谷へと続いている。

富士見平から見るカール3兄弟

 四日目の赤石小屋泊まりは人の姿もめっきり少なく、三角点地からの富士見も寂しい。テントサイトへ戻ると目の前には山の斜面南西面に縞枯れ模様が目に飛び込んできた。縞枯れ現象といえば北八ケ岳の縞枯れ山が知られているところである。
 さて縞枯れ現象とは亜高山帯の針葉樹林の一部が帯状に枯れ、斜面上に何列も白い縞ができる状態である。そしてその縞枯れの帯は山頂部に向かってゆっくりと上昇していくという何とも不思議な自然のメカニズムであるのだ。

赤石小屋から見る縞枯れ現象

 しからばこの縞枯れ現象はどうして起きるのだろうか。結論はまだ原因がはっきりしていないようだ。しかし、研究者によれば針葉樹林の林床がゴロゴロする岩塊斜面の条件の土地に、南から台風なみの強風によっての倒木の発生が原因ではなかろうかとの説があるようだ。いずれにしてもこの現象も氷河期の関連性のある現象ではないだろうか?・・

 こうしてゆったりと悪沢から赤石岳縦走をしたのだが、最終日の我らは100年ほども昔に大倉財閥の大倉喜八郎が200人ほどを連れて赤石岳に登ったといわれている大倉尾根を下って椹島へ降り立ったのである。
 さぁ、今度はさらなる感激を得るために来夏7月末ころに4泊5日のゆったり行程にて「荒川のお花畑」のトップシーズンに「花と山の自然学」をテーマとして向かいたいと思っている。趣向にご賛同いただける方はどうぞ同行をお待ちしています。

 なお、本文は主として「南アルプスお花と氷河地形」静岡新聞社を参照させていただきました。

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