エ ッ セ イ

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      気まぐれエッセイを綴ろう   R 3.1.7

 しばらく忘却の彼方となってしまってたのですが、今年こそエッセイなるものを・・と思い立ちました。私の思いは、やはり四季の中での野草類や樹々たちを中心に立ち向かいたく思います。続くかどうか自信はないのですが、忘れたころにこちらのページを訪ねて見てください。

 さて、昨日は角川の文庫本をコタツの中で紐解いてたのですが、「そういえば、6日の今日なら明日は七種粥だな、七日正月も風流だな・・」と期待を込めて口が滑りました。傍らで編み物に勤しむ連れ合いには、やさしさを含んだ声かけだ、と思ってたのでした。すると間髪をいれずにこんな言葉が返ってきたのです。「何言ってるんですか、アンタは暇に任せて、こっちの食の準備にまで口を出すのですか・・」と、相変わらず手厳しい口調だが、こちらは普段から慣れているために少しも驚きません。

 「やっぱり、俺のカミさんだな、古の慣わしを心得てくれてるとは嬉しいかぎりだ・・」といつものように、感謝はこれまた慣れたものでした。もちろん、七種粥のネタのお使いに出たことは承知済だったから・・。

 日本の伝統料理でもある七種粥とは、『せり/なずな・ごぎょう/はこべら・ほとけのざ、 すずな/すずしろ、これぞはるのななくさなり』と、口ずさみながらの団らんでした。いずれにしても、これらの野菜を食して、「一年の無病息災を願うものであり、お正月の祝膳や祝杯で弱った胃を休め、緑の食材が少ない冬の食材の栄養源として食すとも言われる。」と、スマホに教えてもらっていました。

 もちろん、本日7日にはお餅も入ったその七種粥、それに残っているお節も並んで、二人で静かに朝の七日正月でした。それにしても、経験したこともない暮らしがまだまだ続きそうです。昨年からのコロナ禍で、二人してほとんどお出かけもすることなく、ステイホームの令和二年だったのですが、今年こそ早期の収束となってくれるのを祈るばかりです。

 

 

        今年は希少な節分の日である   R 3.2.2

 久しぶりに、ぐっすり寝て、今朝は昨日とは違いいつものように7時に眼がさめた。窓をあけると裏山の釈迦岳あたりに白い靄が這っている。それでも、朝方の雨も降り止んだようで、近年では珍しい2月2日の節分の朝だった。このような数少ない2月2日の節分の日に生きていたことにラッキーと感じたい・・。

 子供の頃の節分が懐かしい。ありがたいことに、我が町の昨今でも例年2月3日といえば節分で鬼やらいの日だ。と子供から大人までみんなが楽しみとしていた。しかしながら、コロナ禍で今年はそのイベントも取りやめであったのがせっかくの楽しみだった子らにも可哀想だった。

 この催しも、鬼姿の若手のお父さんの打つ太鼓もさすがに元気がいい。その音にあわせるような子らの甲高い(かんだかい)楽しげな声が街角で続き、「鬼はおらんか!、福は内だぞ~」、「悪い子はおらんか、イジメはしたらあかんぞ~~」とその声とともに、太鼓の音がリズムよく鳴り響き渡る一夜となるのだ。これらの行事の楽しみの雰囲気を感じながらの夕餉は、子供ならずも大人にとっても楽しく微笑みがこぼれるものである。

 しかしながら、節分はふつう2月3日だと思ってたのだが、どうやら今年は2月2日が節分となったらしい。それはなぜ~?。新聞やネットによれば、「鬼は外、福は内」のかけ声で豆まきをする2月3日の節分が、今年はどうやら2月2日の今日のようだ。
 このように日にちがずれる訳は、地球が太陽を1周する時間が365日ぴったりではないからとある。また、節分は春夏秋冬の季節を分ける意味であり、本来は各季節の始まりである立春・立夏・立秋・立冬それぞれの前日を指すものだ。そのうち昨今では立春の前日だけが残り、今の節分の日になったとされているようだ。

 数年前からは節分の日には「恵方巻」が全国的に流行りだしている。その今年の恵方は南南東といわれ、福を巻き込む恵方巻きを、福が逃げないように無言で食べるという習慣が、ここ数年で定着しているらしい。ちなみに、この恵方は南南東1(1.3.6.8)、2西南西(0.5)、3北北西(2.7)、4東北東(4.9)の四方向しかないようだ。( )が西暦1の位で恵方となる。

 このように、今年の節分は2月2日となり、3日ではなくなるのは1984(昭和59)年2月4日以来37年ぶりで、今年のように2日になるのは1897年(明治30)年2月2日以来124年ぶりとのことで、如何に珍しい日にちである訳なのだ。