法然上人立教開宗の像は誕生850年を記念して30年前建立
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 光明寺のHPによりますと法然上人は24歳で比叡山を降り、「だれもが等しく救われる教え」を求めて諸国行脚を続けました。そして承安5年(1175)、善導大師の『観経疏』のなかから「だれもが等しく救われるにはお念仏に依るしかない」と悟られ、現在光明寺の建つ粟生の里で、専修念仏の最初の教えを説かれたのです。

 HPにはさらに次のようなくだりがあります。当時、法然上人は43歳。鎌倉時代としては初老といってよい歳でしょうか?、しかし、この像は全身に力がみなぎっているように見えます。9歳で出家して以来、求め続けた真理に出会った喜びで輝いているお顔、そして、お念仏の教えを人々に伝えようとする意欲で引き締まった手足も印象的です。

 この像の高さは阿弥陀様の四十八願にちなんで、4.8メートルあると書かれています。台座が2.4mで、像が2.4m。これも西方浄土の「西」にちなんでいるそうです。