大月 百蔵山と扇山 ’14.1.12~13

 猿橋・・市営グランド・・葛野分岐・・百蔵山・・宮谷分岐・・大久保山・・扇山・・山の神・・梨の木平・・鳥沢

 1月の三連休には大菩薩嶺をと考えていたのですが、お客様が少なすぎて営業できませんとの大菩薩峠にある山小屋介山荘の返事で、やむなく行先変更としました。しばらく歩いていない大月市の秀麗富嶽12景でもある百蔵山から扇山へまず初日に歩きます。

 この度は三度目のリベンジで、今度こそ秀麗の冨士が見れるだろうと天気予報をあてにして出かけます。今回は期待した予報どうりのお天気でしたから山頂よりの大パノラマを目の当たりにできました。これぞ、最初の二回は失敗したりして当てにならなくても、三回目は巧くゆくという「三度目の正直」の諺をしてやったりとほくそ笑みながら、我を忘れて秀麗富嶽を眺めることが出来ました。

 まずは最初に百蔵山からの冨士をご覧願います。

 次に本日歩いたコースの説明にはいりましょう。こちらの大月市の山々は標識が随所に掲出されています。JR猿橋駅(8時15分スタート)から住宅街を抜け、中央道上に並ぶ二座を眺めてよ~し待ってろヨ!と意気揚々と前進です。山道に入ると駅から歩き始めて1時間弱で水場もあり早速喉を潤しましょう。水場から20分ほどで松林の広がる休憩ポイント地では最初の冨士が覗かれ、待っていた冨士への気持ちが爆発するほどのハイテンションでした。

 この後半時間ほどで待望の百蔵山頂へ10時に到着でした。今回も夜行バスでしたから、もうここで予定どうり昼食をとることにしています。まずは大パノラマをゆっくり楽しましょう。この時刻ですからハイカーの皆さんは写真が済めばどんどん降りていきます。そんなことから気がつけば一人きりの山頂となっていました。感激でしたネ、これだけの大眺望を独り占めにしながらの我が身の幸せに身震いしそうでした。

 山頂で50分弱の大休止、満腹の後はコーヒーも飲んで十分満足した後は扇山に向かいましょう。

 でも百蔵山からのすぐに出てくる強烈な下り道には閉口ものでした。これまで二度はここを登りで歩き、そんなにきつかったのかというほどの感覚しかありませんでしたが、この上なくきつい降り道でした。登ってこられるみなさんもほとんどがへろへろ状態の様子で気の毒なくらいな姿の方がほとんどでした。

 その後も長くだらだらと樹林帯歩きで760mくらいの鞍部から大久保山への登りでした。この登りはほぼ300mの標高差を登り上げます。こちらも結構きついのですが危険個所もなくまったくのハイキング道です。もちろん勾配は百蔵山直下よりはましでしたでしょうか。途中落葉樹の中を振り返れば百蔵山のきつい姿が見られ、あれならひどいきつさも仕方ないなと納得させる姿でした。

 それでも百蔵山から1時間40分の12時半に扇山でした。百蔵山方面には残雪は全くなかったのですが、こちらの北向きには山頂近くになって斜面にも道にも雪が出てきましたが、アイゼンを使うほどでもありませんでした。

 時刻的にもこちらには多くのハイカーが冨士を見ながら昼食を楽しんでおられました。こちらの山頂には落葉松が多く目立ち、一幅の絵の一員となっています。山頂は広いのですが、雪解けが微妙な状態で腰おろす場所が限られます。西側の落葉松が成長したようで南アの山並みは展望に泣きます。そして丹沢山塊も大きな山体の大室山や高い蛭ケ岳も確認できます。登った山が分かればうれしいです。

 北側や北西よりはやや枝がうるさいのですが、それでも落葉樹ばかりですから、この時期はなんとか山座同定はできそうです。東よりの高尾方面は相模湖くらいはきらきら輝いてわかりますが、低山の山並みは同定容易ではありません。
 真北の権現山ははっきりし、あの頂まで足を伸ばせるのはいつのことだろうなどと考えます。そして北方向の大菩薩嶺から南に連なる小金沢連嶺の山並みも真っ白な白谷山を見て縦走の思いを馳せます。でもなぜかこの山頂からの北側方向の写真は一枚も撮っていませんでした。

 そして私は四周の山並みを20分ほどで眺め終わると、いったん大久保のコルまで戻って梨の木平へ降りましょう。途中の水呑杉のつつじ群生地別れでは最後の冨士の展望を楽しみますが、時間的にやはり13時を過ぎますと、富士にも雲がついてあの神々しい姿がやや残念なのは止むを得ませんでした。

 JR鳥沢駅(14:45)へ下山後は初狩の定宿へ向かうJRの電車内からの途中でも、本日歩いた百蔵山と扇山の景色を感慨に耽りながら茫然と無心に眺めているのでした。なお、扇山からJR鳥沢駅までは2時間弱かかりました。時間的には珍しく相当のんびり歩いたようです。

 こちらの二座も関東の方々には人気のようで、沢山のハイカーが登っていました。山頂で口を聞く機会も多かったのですが、東方面の方でもほとんとが富士山を見れば感動されるようで、明るく、そして穏やかな顔が並び、心も広がりにこやかな気持ちになるのが関西人と変わりないことが分かりました。やっぱり富士山は別に世界遺産となった訳だからでもなく、古来より日本人の心なのだと今日こそ感じ入ったことはありませんでした。

ホームヘ