北ア 黒部五郎から鷲羽、水晶岳へ  '12.9.14~18

 古木のミズナラが迎えてくれる折立より入って急登の太郎坂から黒部五郎岳へ登り、鷲羽岳より水晶岳に登ってきた。もっともロング縦走だったが、ゆったり行程のために山の自然学を存分に楽しむことができた。

 まず初日は太郎平小屋への道を植物の果実たちを中心に楽しむ。ヒロハユキザサ、ゴゼンタチバナ、マイズルソウ、タケシマラン、コケモモにアカモノなどの色とりどりが楽しい。もちろんこの時期でもわずかだが花も咲き残っている。イワショウブ、ミヤマリンドウ、ミヤマホツツジなどだ。もちろん秋花も見られる。オヤマリンドウ、ミヤマアキノキリンソウ、ミヤマママコナなどである。そしてネズコといってこのあたりでの名をクロベとの名ももつヒノキ科の大木を眺めるのもいつ来ても忘れない。
 ではネズコの特徴をひとつ、ヒノキの葉裏にはYの字に見える白い気孔がある(わいはヒノキじゃ・・)が、こちらネズコの気孔帯がほとんど目立たない。ついでにヒノキ科の仲間にXの字のサワラ、Wの字の気孔のアスナロはおもしろい。

 さて、二日目はロングだ。黒部五郎岳を登ってカールの先の奥深い湿原一帯にある黒部五郎小屋を目指そう。しかし遠い道はいとわない。それは見事な展望が待っているからだ。北ノ俣岳あたりのコルで一本立てていると高山蝶だろうか。ゆったりと飛翔していたが、生き物の少ない雲上ではどんなことにでも気がいってしまう。
 日本の真の高山蝶は北海道に4種、本州には1種のみといわれているが、現実では亜高山帯等で生まれた後に高山まで飛翔する蝶などの非高山蝶をいれると13種ともいわれている。さて本州の本来の高山蝶はカヤツリグサ科のイワスゲを食草とするタテハチョウ科のタカネヒカゲであるが、北アと八ケ岳およびその周辺の高山帯にのみ分布する絶滅危惧種の貴重な蝶でもあるが、なかなか出会うことはかなわない。

 山の地形等を見よう。黒部五郎岳への稜線からやや遠目ながら薬師岳の圏谷群の景色を眺められるのもうれしい。もちろんこの後ずっとといっていいほど薬師岳の風貌が望まれたのは当然であった。「その重量感のあるどっしりした山容は、北アルプス随一である。ただのっそりと大きいだけではない。厳とした気品もそなえている。」と深田久弥は綴っている。

薬師岳

 我が国で最初に氷河地形の存在が発表されたのは110年も昔のことだ。その人は山崎直方博士といい、この方の功績を記念して立山にある圏谷のひとつに山崎カールと命名されたという。これとともに薬師岳の圏谷群が氷河地形で天然記念物になったという。
 北から金作谷カール、中央カール、南陵カールたちである。金作谷の名は新田次郎の小説「剣岳点の記」にも登場する山登りの名人・宮本金作の名からということだ。

 ついでに氷河地形とはなんだろう。まずは「カール」。氷河時代に高山の稜線の背後に吹きだまった雪が氷河に発達し、それが谷頭を浸食してつくった馬蹄形のくぼみで、圏谷ともいわれている。ここの薬師岳の圏谷群の他に千畳敷カール、涸沢カールなどが有名だ。
 続いてカールから氷河が溢れた場合、氷河はカールの下方の谷を深く浸食しながら流れ下っていく。その結果氷河が解けると、そこには底が平で両側の崖が切り立った谷があらわれる。これが「U字谷」となるのである。代表的なのは穂高岳に通じる横尾谷であろう。
 さらに「羊背岩」についてだが、氷河の浸食に抵抗し、大きな岩の硬い部分が残ったとされるものであるが、羊背岩またはルントヘッカーともいわれる。これはカール地にはよく見られるようだ。そして最後に氷河が運んだものは、氷河が解けたところで堆積されて丘をつくる。この堆積物の丘が「モレーン」といわれている。これには氷河の末端にできるものと、側面にできるものとがあるようだ。この代表が槍ヶ岳の大槍モレーン、仙丈ケ岳の藪沢モレーンといわれている。

 さて黒部五郎岳の山名の謂われも深田は日本百名山で頭にきっちり述べている。「山中の岩場のことをゴーロという。五郎はゴーロの宛字で、それが黒部川の源流近くにあるから、黒部のゴーロ、即ち黒部五郎岳となったのである。北アルプスには、ほかに野口五郎岳がある。二つのゴーロの山を区別するため、黒部と野口を上に冠したのである。

 こんな氷河地形を眺めながら稜線漫歩、北ノ俣岳からさらに黒部五郎岳が近くなってくると、どうしたことかすっかり空模様が怪しくなってきた。コルから急登にはいるとあたりの景色は消えてしまったかのようである。そして肩から山頂への岩ゴロを踏んで黒部五郎岳だったが、まったく展望はシャットアウト状態となってしまった。 

 数あるピークである。こんな日もあろうとあきらめてすぐさま頂上を辞すこととする。そして北側のカールへ下ろう。この斜面にはひと夏のお花畑の彩が偲ばれた。タテヤマアザミ、タカネヨモギ、イワオウギ、シラネセンキュウ、ハクサンボウフ、ウメバチソウなどの残花が多種あって急な下り道だが、十分楽しむことができたのだ。それにウラジロタデやコバイケイソウなどの草紅葉も斜面を彩らせている。

黒部五郎岳のカール

 もちろん、このカールにも羊背岩が多く座っており、チングルマの長く伸びた羽毛上の毛が微風になびきながら、その向こうには雷岩などの岩石が多数見られるなど、あたかも日本庭園のさまを呈している。あたりに各種の高山植物が咲き残っているが、このあたりで遂に雨となってのんびりする間もなく小屋へ向かわざるをえなくなってしまったのが悔やまれた。しかし小屋手前のわずかな樹林帯のなかにおいてもオオヒョウタンボク、ベニバナイチゴ、オオバタケシマランなどいろいろな植物たちの果実にも出会え、いやな足元でありながらも、苦も無く小屋到着であった。

 奥深いアルプスの山小屋、そして外は雨と心はややしょげている。でも時は流れて三日目は急登から始まる。しかし、昨夜と異なり青空のもとで進むと、五郎がぱっくり大きな口をあけて元気で歩けヨ!と応援してくれていた。
 足取りは軽快である。それもそうだ、この大展望と快晴の北アである。この上ない喜びで行きかう人たちとも声がはずむ。黒部乗越からお花畑を目指して三俣山荘方面への巻き道を行こう。咲いていました!、礼文島以来の久しぶりの出会い、周北極要素植物でもあるマルバギシギシ(別名ジンヨウスイバ)がわずかに待ってくれていたのだ。ほかにもミヤマアケボノソウ、クモキリソウなども見せてくれた。

マルバギシギシ(タデ科)

 さぁ、この後は鷲羽岳への登りをやっつけよう。でもこの登りも苦にはならない。左前方にはこの後最後のお目当て水晶岳、右は槍などの大パノラマ、振り返ると笠ケ岳や黒部五郎岳など北アの百名山が数えきれない。こんな360度だから心は躍ってしまう。そして足元に目を落とすと一噴火口の中に鷲羽池もわずかに水をたたえている。
 岩稜の山々ばかりを行き、ワリモ岳も頂を踏んでここでも大観望が続いたが、さらに岩尾根を北上しよう。イワギキョウが咲き、ザレた斜面はウラシマツツジの真っ赤な草紅葉が絵になっている。それに明るい赤色に染まったイワベンケイの草紅葉にも目がいった。さらにクモマスミレの黄色の草紅葉だろうか。やはり日本最後の秘境ともいわれる雲ノ平を左に見下ろしながら、今回三座目の百名山水晶岳への稜線漫歩である。


水晶岳、右には野口五郎岳

 さすがにその累々とした岩稜の頂は狭く、長居は容易ではないが山頂の憩いは心ときめきうれしい。しかし、この地からの山並みはそう何度も見られない。五郎は五郎でも白い山肌を見せる野口五郎岳も指呼の間で愛おしい。
 この水晶岳の名は花崗岩中に水晶やザクロ石の結晶が多く見られることからつけられたようだ。もちろん遠目にも黒く見えるために黒岳の名も持っている。水晶岳へ向かうなだらかな地では周北極植物であるイワウメの残花が見られ、チョウノスケソウは葉が見られるくらいであった。
 このような水晶岳は北アの最奥に位置するため、麓の登山口より直接登るルートはなく、静かな山歩きが楽しめるのだが、小屋もかわいくてやや手狭まなのもやむをえないだろう。

イワウメ(イワウメ科)

 水晶小屋を後に真砂岳分岐より竹村新道を湯俣温泉への一日が始まった。分岐までの岩稜の稜線漫歩も楽しい。ハイマツの林床にどこまでも続いていたガンコウランだが、ようやくにして黒紫色の小さな甘酸っぱい実が広がっていた。
 ガンコウランの花開時期は5月下旬と高山は一般登山者には登れる時期ではないために咲いた花そのものはほとんど見られることはない。雌雄異株で雄株が圧倒的に多く、果実はなかなか見つからないのだが、花よりは見る機会はある。
 しかし山を歩く人に案外知られていない種であろう。少ない果実はもちろん野生動物たちにとっても貴重な秋の食糧ではなかろうか。なお、酷似するツツジ科のジムカデはガンコウランほど個体数は多くなさそうなため、さらにマイナーな種といえるだろう。

ガンコウランの果実(ガンコウラン科)

 岩の続く稜線のところどころには日本のブルーベリーともいわれているクロマメノキが黒青色の実をつけているのがどこまでも続いていた。もちろん近縁種で葉の縁にふつうギザギザのないクロウスゴも負けてはいない。
 こちらは背がやや高く、赤茶色の枝に稜角があり、果実の頭の先が餅つきのウスのような五角形のへこみが見えるのが特徴だろう。なお、高山に同じように見られるマルバクロウスゴの葉にはふち全体に細かい鋸歯があるのだが、見た目にはクロウスゴとの見比べは容易ではなさそうだ。

 哺乳動物には出会わなかったが、高山で暮らす野鳥にもほとんど姿も鳴き声も寂しかった。ただ一つホシガラスだけはハイマツの実を食べるのに忙しそうに飛び回っていた。留鳥だから見られて当然か。夏山でよく見かけるイワヒバリやチリリリと鈴虫の音のような声を聞かせてくれるカヤクグリもさすがにこの時期だから低山に移動しているのだろうか。そしてジュリジュリとの鳴き声のメボソムシクイは渡っていったのだろうか。さらに全国に2000羽以下に減少したと推定され、近い将来、野生での絶滅の危険性が高い「絶滅危惧IB類」に分類指定されたライチョウにも一度も出会うことはなかった。

 オヤマソバなどの草紅葉が点在する竹村新道を下って行くと、最初のピークである南真砂岳に立ち寄った。ところがどうだ、ここでも大パノラマで小躍りしてしまう。大天井岳の右には赤茶けた硫黄尾根の奥に北鎌尾根を従えた槍ヶ岳が空に突き上げている。もちろん、笠ケ岳も頭を突出して存在感を見せ、鷲羽から水晶岳も黒い山頂で主張している。昨日今日と歩いた尾根を振り返りながらの大展望に酔いしれるとはこのことだろうか。


槍ヶ岳                     笠ケ岳                 鷲羽岳 ワリモ岳                  水晶岳

 この後も延々と激下りの厳しい湯俣温泉への道であったが、キオン、ミヤマオトコヨモギも咲いている。そんな中にも標高を下げると、また異なる植物たちで楽しい。高山植物でサロメチールといえばシラタマノキといわれるほど名の知られる白い大ぶりの果実をつけるシラタマノキは高山帯でももちろん見られたのだが、亜高山帯から低山にでも増えるほどで見飽きてしまった。またヒメゴヨウイチゴもおいしそうな赤い実をいっぱいつけていた。
 それにクロウスゴの低山型も出てきた。葉にはっきりとした鋸歯のあるウスノキ、そしてこのウスノキの大きな相違点は赤い角のある果実をつけることだ。でもそう多くはなかった。多くあったのは木がやや背も高くほとんどの葉が赤茶色に紅葉しかけていた葉に鋸歯があり、黒青色の実を下げていたのがクロウスゴの近縁種のオオバスノキであった。
 さらにわずかではあったが、ヒメウスノキの真っ赤な果実も見られた。なお、ツツジ科スノキ属にはこれ以外にも比較的低山で見ることの多い黒熟するスノキやナツハゼも甘酸っぱく食べられる。そしてツツジ科ではほとんどが食べられるのだが、ハナヒリノキ、アセビなどの有毒種のあることも知っておこう。

 湯俣温泉で久方の入湯である。しっかり汗を流して山小屋らしからぬ食事に舌鼓だ。明日の最後は遊歩道なみの歩きで夜も楽しい。まだまだ夏の大三角のきらめく星空観察も楽しめた。そして開けた最終日は日本第二位の高さ・176mを誇る巨大なロックフィルダムの高瀬ダムまでの歩きで5日間の山旅を〆た。
 最終日にはノコンギク、ヤマハハコ、ヤマハッカなどが多数咲き、樹木ではウダイカンバ、サワグルミ、カツラなどが生え、なかでも林道終点地でつる性のチョウセンゴミシ(マツブサ科)の葉を見つけることができたのは収穫でもあった。

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