京都西山 西山天王山駅から天王山 ’14.1.2


 阪急電車の西山天王山駅は昨年暮れの12/21に開業となったばかりですが、周辺の大山崎町が観光用に大々的なPRを繰り広げています。それは天王山へ登ろう!とのことで目を向くような大きな『天王山登山口』との看板を立てかけたのです。これはハイクなどしていただき、さらにこの地の歴史も楽しんでいただき観光にひと役つなげようとのことでしょうか。

 
   

 地元の者としては、それはあまりにも仰々しいのではと思うくらいの賑々しさですが、せっかくのPRに応えてみようと遅まきながらその看板地から久しぶりに天王山ハイクでお散歩してきました。なにせ幼稚園の遠足コースなのですから、山歩きなどという代物ではありません。地元の健康毎日登山者のための小さな丘なのです。さぁ、観光客気分で出発しましょう。

 駅横の大きな看板地から西へ進み、小倉神社奥よりきれいになった登山道を進みましょう。するとまだ新しいコースが左に誘ってくれます。やや直登尾根ですが、どうってことありません。関電の反射板が真新しく、前は切り開かれて展望台ともなっています。

 しかしながら、天王山といえばやはりなんといっても「天下分け目の天王山」として戦国絵巻のあまりにも知られることで全国ベースの地であるところでしょう。そんなことから、本年の大河ドラマ『軍師管兵衛』放映から、この天王山も一方ならぬ人気の恩恵にあずかることとなろうなどと思いながら、ハイクコースの随所にある堺屋太一作の「秀吉の道」の陶板絵図を楽しむこととしたのでした。

 それにしても当時の人々たちは戦国時代の壮絶な戦いに明け暮れ、生きていくためには体をはって力の勝負だったのでしょうか。でも上に立つ者にとってはいかに人の考えつかない戦法、そうまさにアイディア勝負だったのでしょう。
 もちろん、その点では秀吉の策略が類まれなる戦略を考え出し、信長亡き跡を勝ち取り、天下を駆け上がった人物であったのですが、まさに天下人への始まりがこの天王山の道より始まったといわれ、そのような丘にいとも容易に訪れることのできるわが身がうれしいですね。

 その山頂は小さな城がいろいろ戦下の中で繰り返し現れ、多くの兵が駆け巡ったことでしょう。今では三角点もない山頂の標高は270.4mといわれていますが、古のころにあった三角点が無くなってしまっているなどいかにも戦国の世で、兵どもが夢の跡らしい丘でもあるのでしょうか。

 城跡の直下には酒解神社という名の平安時代の古刹が立ち、本殿や神輿蔵があって切妻造り、本瓦葺の板蔵造で我国板蔵造り中、最古の建造物として重要文化財に指定されています。その先の降りる道沿いに左への山崎聖天を右に見送って降りますと大きな鳥居の横には旗立ての松として知られる旗立松の展望台があります。もっとも本日の展望台からはどんよりとした薄曇りではっきりとした見晴しとはなりませんでした。

 旗立松の当地の名は天正十年六月十三日、天王山の合戦時に羽柴群の士気を高めるために千成瓢箪の大旗を山上の松の樹上高くかかげたが、それによってにわかに戦局が変化し、羽柴群に勝利を導いたとわれ、以来だれいうとなく旗立松との呼び名がおこったといわれています。 

 さらに降りて行き宝積寺へまずお参りとしましょう。地元ではこの寺は宝寺といわれ桜のころは人気ですが、正式には宝積寺であります。こちらは奈良時代からの古い寺で、本尊十一面観音、閻魔堂なども重要文化財指定建造物でもあり、その他多くの見るべき文化財などの寺宝を多く持つ寺として有名であり、まさに宝の寺であります。

 この後少し逆戻りして山崎美術館裏手よりトラバース道を行きますと、地元名の山崎聖天としてそれこそ花見時にはたいそうな賑わいを見せる観音寺へもお参りしてみましょう。ここの本堂へは正面の長い長い石段を登り上げるのが本道ですが、そうはいっても無理な方には比較的なだらかな石段も何か所かあり、お参りの方々に心根やさしいお寺さんであります。もちろん、本道をフゥフゥいいながら登り上げます。

 寺の創建は古く、平安時代に寛平法皇の開基と伝えられています。観音さんと合わせ祀る歓喜天は現生利益で多くの信仰を集めています。格式も高く、廻らされる塀には定規筋の五本が描かれています。なお、定規筋とはウィキによりますと「皇族や摂家などの御所に用いられた。皇室に由来する格式を表し、その格式の高さにより三本、四本、五本の種があり、五本を最高とする。皇族や摂家が入寺した門跡寺院などでも用いられその権威の象徴となったが、用材を下げ渡すという名目で由緒寺院などに与えられることがあり、直接の由緒をもたない寺院でも使用されていることがある。

 最後に最近発掘され、国史跡に指定された「大山崎瓦窯跡」を見物します。この瓦窯跡の発見によって平安京造営期の瓦生産の実態解明に大きな手がかりになったようです。そしてJR山崎駅までのんびりお正月の観光歩きを終えたのでした。

 ただ、一言ですが、阪急西山天王山駅横の登山口看板以降の円明寺団地一帯に登山口への道さき案内が一つもかかっていません。私のように勝手知ったる者にはいいのですが、これでは初めて来られる方々には分かりません。最初のデカイ看板内に「登山口は小倉神社奥」とでも書いてあげればいいのにねと感じましたが余計なお世話ですかネ・・・

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