南ア 悪沢岳から赤石岳縦走 '13.7.22~26   

 長大な南アルプスの南部にある悪沢岳~赤石岳一帯は連続するお花畑と氷河地形の見事なことで知られている。今回は単に花名の羅列ではなく、やや突っ込んだ山の自然学をあらゆる方面からみてレポしてみよう。
 ただ、歩くコースへ順序立てて記述するため、内容的に高山植物の話、地形地質の話、あるいは山岳風景の話などと散らばる可能性もあることもお断りしたい。なお、お花好きな方たちに申し上げたいのは、いろいろ時期を変えてこの山塊にやってくれば天候もうまくいくだろうし、花の顔ぶれも変わっていっそう楽しくなれるハズ、7~9月までの間で頃を選んで年を変えてでも月に1回ずつくらい歩かれることをぜひお薦めしたい。

 さて、南ア南部の玄関口椹島で前泊後はいよいよ長い樹林帯の千枚小屋までの一日目の歩きだ。山高く谷深きあたりはシラビソ、コメツガ、トウヒなどの針葉樹林もよく発達しており、樹林帯の長くつらい登りだが、そうはいってもまず最初の歩きのために軽快に進めることだろう。
 針葉樹林帯にはいるとオノオレカンバ、ウダイカンバ、ダケカンバやチョウセンゴヨウにヒメコマツなどの樹名札が登山者にやさしい解説だ。そうこうしていると道沿いには亜高山帯で見られる山野草であるコフタバラン、コイチヤクソウが薄暗い樹林の中に咲き、うまくいけばシャクジョウソウ、ヒメミヤマウズラの咲き初めにも出会えるかもと期待していたのだがやっぱりこちらの開花はまだのよう・・。(以下全画像クリックで拡大)


コフタバラン

 なお、ラン科のトンボソウのような花も発見してもらったが、その姿は残念ながら画像ピンボケで同定ができない状態となってしまった。ちなみにそれらの同定は花びらを正面から見て次のような三種といわれている。①花びらが輪になったものでコバノトンボソウ、ホソバノキソチドリ、②頭の上に庇状に萼が被さって花びらが中にあるものでツレサギソウ、オオヤマサギソウ、③花びらが角のように飛び出して万歳しているものでキソチドリ、オオキソチドリ、ヤマザキソウ、マイサギソウなどで以上はラン科ツレサギソウ属である。
 なお、ドンピシャで撮れた方があれば当方へ送信していただければ同定してみたいのだが、さて皆さん如何でしたでしょうか?

 そして蕨段からすぐでプチ線状凹地というおもしろい地形が見られる。これは白馬岳北の三国境の稜線で平行するのが二重山稜または舟窪地形と呼ばれて有名だった。この地形はどうやらかっては寒冷な気候下にできる浸食地形だと考えられていたようだが、その後の研究によって稜線上だけでなく、山腹にも多数見られることが明らかにされ、今では中小の断層を境にして山体がずれることによって生じることがわかってきたようだ。
 したがって二重になった稜線よりも、そのあいだを伸びる凹地のほうに着目し、「線状凹地」とよぶことが多くなった模様である。この凹地は山の猛烈な風をしのぐのには最適な箇所ということで、北岳山荘や蝶ケ岳ヒュッテのように凹地に建てられた小屋も少なくはない。もちろん、今回のコースである赤石岳避難小屋付近の線状凹地も見ごたえあろう。

線状凹地 駒鳥池

 駒鳥池を過ぎるととたんに花がみえだしてくる。それは千枚小屋が近いづいたことを知らせてくれることだ。いよいよ今回のコース上で知られる最初のお花畑の出現であり、いわゆる千枚小屋のお花畑が待ってくれているのだ。もっとも天候いまいちとなってしまい、咲く花もうつむき加減が淋しい・・
 この付近は亜高山帯を歩いているのだが、亜高山帯とは山地帯と高山帯との間に位置する高度帯のことであり、マツ科のシラビソ、コメツガ、トウヒなどが優占するといわれ、この亜高山の標高は本州中部山岳では標高1700m~2500mくらいといわれているのが亜高山帯の高さである。
 ハクサンフウロ、ミヤマキンポウゲ、シナノキンバイなどが咲き、静岡県レッドデータの希少種であるオオサクラソウも見られた。いよいよ千枚小屋に着けば小屋の上部にはダケカンバも雪のいたずらで踊るような姿がおもしろい。これぞ踊るダケカンバの光景であろう。
 あたりの針葉樹林帯は水の条件がよいようで高茎草本群落となっている。主役たちはマルバダケブキ、トリカブトなどだ。そして夏の暑さにうんざりする時期ともなればウサギギク、サラシナショウマ、キオンにヤナギランなどが終盤組の花たちでこれらはもちろんまだ見られない。花だけではなく、千枚小屋前から正面に笊ケ岳、布引山に冨士山を眺め、日の入りも見たいものと期待していたのだが、残念ながらで雲とれずに残念であった。・・

日の出時の富士山

 まずは最初の千枚小屋のお花畑を十分堪能してしっかり睡眠をとり二日目の歩きだ。出発前に小屋前よりなんとか富士の姿が見られたが、これくらいが今回の縦走中での一番のショットであったであろうか・・・、この日は今回縦走コース後半部で登山者を喜ばせてくれる最大のお花畑のある山塊であることを期待して出発だ。
 ダケカンバ帯がすぎると樹齢のそろった美しい針葉樹林となってくるが、これをぬけるといよいよ森林限界の2500mあたりのようだ。このあたりまで上がってくると一気に強風がもろに登山者の身体を痛めつけることで千枚岳は知られている。
 この森林限界とは高緯度・高山・乾燥あるいは風の影響を強く受けたり、積雪状態などの複合的な山岳現象などで樹木の生育に不敵な環境条件により森林ができなくなる限界である。なお、この森林限界は7月の平均気温が10℃となる場所あたりに成立するといわれているようだ。

 2880mの千枚岳山頂はハイマツとナナカマドの岩ゴツで、これより真の高山帯といえるだろう。千枚岳は平たい石が層のように重なり、いわゆる板状の岩の積み重なりで、変成岩のひとつである千枚岩は山の名のいわれである。
 なお、岩石は①堆積岩、②変成岩などに区分けされるが、①は岩石が風化・侵食されてできた礫・砂・泥、また火山灰や生物遺骸などの粒子(堆積物)が、海底・湖底などの水底または地表に堆積し、続成作用を受けてできた岩石。②は堆積岩や火成岩が、形成された時とは異なった温度・圧力・その他の条件のもとで、鉱物組織などが変化する変性作用を受けた岩石である。

 千枚岳の場所によっては岩板の向いている方向に岩が崩れやすいといわれているので注意しながら歩きたい。そして岩場のヤセ尾根をサポートして降りてもらうとそこが千枚岳のお花畑だ。ここもすごい高山植物の園である。
 分布域の狭いタカネビランジがわずかに見られ、タカネマツムシソウは蕾だったが、ミヤマムラサキ、タカネナデシコ、キタダケヨモギ、ミヤマミミナグサ、タカネコウリンカ、ミヤマキンバイ、イブキジャコウソウ、シコタンソウ、タカネツメクサ、イワベンケイなどの高山植物が高い密度で咲き誇って登山者の笑顔が絶えない道のりである。さぁ、あなたはどの花に目がいったのだろうか。

シコタンソウ イブキジャコウソウ タカネコウリンカ タカネツメクサ イワベンケイ

 さて、ここではまずタカネビランジをとりあげてみよう。この花はいわずと知れた鳳凰三山の薄ピンクに燃えるタカネビランジがあまりにも有名だが、南アでは北岳と千枚岳でも見られる。その相違点はあちらがあざやかなピンク色の花弁をもち、強風のあたる稜線で、礫の移動しやすい砂礫地に広がっている。このような環境で生きていけるのは根の構造にあるようだ。縦、横に縦横に根を伸ばしてさらに細かい根が礫に絡みつき伸びて、砂礫を通過するわずかな水をとらえて、表面付近と地中深くの両方で水をとらえて生きているようだ。
 ところが、北岳や千枚岳のタカネビランジは紅色がそう濃くはなそうである。もちろん、鳳凰三山は花崗岩の砂礫の中で咲き、こちら変成岩とは環境が大きく異なる。岩稜帯にほとんど砂がなく、岩石に貼りつくように生育し、岩の割れ目深くに根を広げて根を張ってかすかな水を求める岩の表面で生きていくタイプといわれているのだ。その名はシロバナタカネビランジだ。 

 続いてミヤマムラサキだ。この花はワスレナグサの仲間で高山の石灰岩や蛇紋岩地に多く見られる花だが、私も北アの白馬から雪倉の途中で咲く蛇紋岩のなかのムヤマムラサキで感動の出合は忘れられない。
 さて、石灰岩、蛇紋岩と聴けば花好きな登山者の方ならいわずもがなであろう。有名どころでは伊吹山に尾瀬の至仏山だが、その山へは数えきれない登山回数である方も多いことだろう・・、ところが、この千枚岳はその二つの岩石とは異にしている千枚岩であるが、この岩の成分や性質との何らかの関係があるようだ。しかし、なぜそのような場所に生育し、また個体群を維持できるのか明快な答えがなく、現在も研究が続いているようだ。。

 そのお花畑から丸山の稜線に向かい、なだらかなハイマツの斜面が続くと山頂3032mである。この山頂直前で心配していた雨がやってきてしまった。この後翌日の赤石岳一帯まで雨具を脱ぐこともできないほどの歩きとなったのが残念だ。
 さて、丸山は全国の数ある丸山という名の山では最高峰の3000峰だ。この山頂は研究者によれば周氷河地形の標本園というほどで、いろいろな氷河地形の見られるところといわれている。しかしながら、ガスの中でそのような地形風景が目にできなかったのも心のこりであった。せめても私の頭にあるようすを述べてみよう。

 まず、南アの周氷河地形の前に地球誕生の地球史をみよう。誕生は46億年前といわれる地球だが、地球に地殻が生じるまでに6億年ほどもかかり、それより現代に至るまでを地質時代といわれる。この地質時代は地質学などの研究により、大きく①40億年前以降の先カンブリア代、②5億7千年前以降の古生代、③2億2500万円前以降の中生代、④6500万年前以降から現代までの新生代に大きく分けられ、さらにそれぞれ細分されている。
 一番新しい新生代は第三紀、第四紀と分けられ、さらに第四紀も更新世、完新世と細分されている。なお、このような分類には示準化石による対比方法が用いられ、生物の進化現象によって世界各地の地質の年代区分が一般化されて成立したようだ。

 さて、南アの氷河は大昔から何度も氷河の影響が繰り返されたようだが、最も近い氷期はおよそ1.5万年前~2万年前の新生代となってからだろうか。その頃には3000mを越える山々には氷河があったようで、丸山から荒川三山までの山頂は東西にのびた稜線上に一列に並ぶ珍しい山容である。日本列島の構造ではふつう南北の稜線に西からの風の影響を受け、東側に雪がたまってこれが氷河として発達するのが一般的であるのだ。
 このように南北に氷河が見られるここ北側の万之助カール、南側の荒川カールはその点でも珍しく、カールをあらためて注目してみたいものだ。なお、カールとは氷期に山岳氷河によって頂上から斜面をスプーンでえぐり取ったように形成された地形をいうのだ。

 さて、話は戻るが丸い頂の丸山では周氷河地形がいたるところに発達しているといわれる。それは岩石、土壌、霜柱など凍結破砕作用、凍上作用、砂礫移動作用などや、冬に凍った土が縮むことによって土の表面に割れ目ができ、これがきっかけとなり幾何学的な構造土ができる熱収縮作用などで生まれる過程がいろいろあるようだ。
 いずれにしても土中の水分が凍結融解によって礫がふるいわけられ、地表面に形成された幾何学的な模様である構造土がいろいろ見られることだ。それらは小石が一列並ぶような条線土、階段状になって植物がその垂直面に貼りついて生き、平面の部分は小礫の裸地となる階状土、礫が多角形に配置され幾何学模様に見える亀甲土、西側斜面の大きく舌状に伸びたソリフラクションロープなどである。

 丸山をすぎるとすぐに日本で6番目の標高をもつ岩の積み重なる悪沢岳3141mだ。この山頂あたりは今度は岩石の見本園だろう。砂岩、泥岩や緑色の緑色岩、赤色のチャートが見られる。とりわけチャートは南アの特徴的な岩石として重要な位置を占めているといわれる。濃い暗赤色で、この赤い石の層は赤石岳の中腹にも多く分布し赤石岳の名もこの石の色に由来するといわれている。
 このチャートは中の鉱物のほとんどが二酸化ケイ素で、約95%が含まれているようだ。この石はかって7~8千万年前に海中のプランクトンである放散虫などが死んで、その死骸の殻の影響で赤い石ができたとされる。特にこの赤い色の岩石に気がついた方もあろう。
 さらに白い岩石も見つけられただろうか。この白い石も7~8千万年前に今の伊那谷周辺の火山から噴出した火山灰が海底で岩石となったものである。酸性凝灰岩といわれるこの白い岩は二酸化ケイ素が70~80%あるために白っぽく見えるらしい。これらさまざまな岩石が風化してできる土壌は、それぞれ性質が少しずつ違っていて、その上に生育する植物もまた異なってくるのだろう。
 いずれにしてもこれらの地質などの説明もしたかったのだが、岩石累々の山頂にあのような雨中であれば致し方なかろう・・・?、いずれまたこの山頂を踏む機会があれば思い出してもらいたいものだ。

 荒川三山以降も岩稜の3000m峰だが、この山域は周北極要素植物が数多く分布しているといわれる。もっとも発見は容易ではないが、ムカゴトラノオ、ムカゴユキノシタ、チョウノスケソウだが、チョウノスケソウやムカゴトラノオは誰でも見慣れているため、また個体数も多く見つけられることだろう。チョウノスケソウ、この花は南アでは光岳でも隔離分布し南限となっていることで知られる。
 ただ、特にムカゴユキノシタは氷期に北極域から来た周北極要素植物群のひとつだが、極端に数を減らして極めて見つけられない種となっている。このような絶滅寸前の種がかろうじて子孫を絶やすことなく生き続けられた高山の岩稜帯になんとか生き続ける場所があったからだが、このように特殊な植物が確実に生き残れる場所をレフージアといい、環境変動に対する避難地といわれている。いすれにしても見つけてそっと教えたい心境だったが・・・、実は当方もまだ出会ったことのない種なのだ。

 また、よ~く目を皿のようにして歩いていると、周北極要素植物であるタカネマンテマも咲いているが、この山域で探すのにはこれも容易ではない。むしろ南ア北部の北岳の方が出会える確率は高いだろう。その他にもイワヒゲ、コケモモを探すのにはそう難しくはないだろう。
 悪沢岳先の中岳へ降る道あたりもお花畑がうれしい。目移りしながらの歩きとなるが、シコタンハコベが一か所のみで咲き、タカネツメク、イワベンケイ、ミヤマダイコンソウにミヤマシオガマなどきりのないくらい咲き誇っている。中でもシコタンハコベ、シコタンソウは珍しき花、それにミヤマミミナグサなども機会がそうない花だろうか。ガンコウラン、チョウノスケソウなど矮性低木が敷き詰められたように生えている。

 さて、ガスと少雨の岩稜を注意しながら中岳まで降りてくると避難小屋だ。ここでようやくトイレ休憩だ。小屋は手狭で同じように関東のツアーによる先客が満員である。なんとか休ませてもらい震えながらの昼食で少しも美味いとはいえない山小屋弁当だ。
 もちろん、この稜線は風の吹きつけることは承知しているので、しっかり防寒対策も万全である。最後に前岳に立ち寄ってみたが、もちろんガスの中なので西側の長野県側に続くすざまじ大崩落の風景は見られない。
 ここまでの稜線にも風衝地植物のキバナシャクナゲ、クロマメノキ、チョウノスケソウ、イワウメなどがチラホラ見られるのだが、雨中のためにそれより早くかの有名な前岳下のお花畑へ急ごう。でもこの稜線歩きを強風ばかりに気をとられてただ歩くのではもったいないのだが、今回はその悲しい現実にぶつかってしまった。
 せめても見てもらえなかった参加の皆様に机上説明だけでもさせていただこう。このあたりは荒川三山のカール地形をのぞき見ながら歩けるところなのだ。稜線の南側に形のことなる3兄弟のカールだ。それは①東側の荒川岳南西面のカール、②は中央のカール、③がお花畑で有名な西側にある前岳南東面カールだ。

 ①荒川岳南西面カールはモレーンといってカールの末端にできる堆積物や氷食作用によって上流側に丸みを帯びた研磨面と下流側にごつごつした破断面を持つようになった基盤岩の突出を指す羊背岩などの突起状のかたまりがすっかり流され、そのままV字谷へ続いている。
 ②中央カールは大型の岩がしっかりしたモレーンが残っているが、岩ばかりのために水がたまらずカール底はない。
 ③前岳南東面カールはカールとしてはほぼ完ぺきなものといえる。

 さぁ、いよいよ前岳南東面カールの断面を見るように鹿の食害防止柵の設置されたお花畑へ進もう。花の前に稜線直下からカール壁などを眺めて下りたいのだが、これまた完全なガスの中で説明はおぼつかない。でも机上の解説をやってみよう。それらはカール壁・崖錐・沖積錐・カール底・モレーン・羊背岩などの地形も目にできるのだが・・。これぞ周氷河地形の見本のようなもので見られれば山の自然学の真骨頂だろう。

 これらの地形がうまくおりなして前岳のお花畑になっているのだが、それではその植物群落が専門家の研究により次のように見られるとのことも聞いていただこう。。カール上部より①ハイマツ群落、②オンタデ、タカネヒゴタイ、チシマギキョウなどの高山荒原群落、③高山低茎群落、④高山高茎群落にはハクサンイチゲ、タカネヨモギ、クルマユリが分布し、⑤カール底群落、⑥カール底荒原群落にはタテヤマキンバイ、コメススキなどが咲くようだ。

 それにしても前岳のお花畑の広大な広さにも一様に驚いたが、種類の多さにもびっくりものであった。中でも個体数の多いキンポウゲ科のハクサンイチゲ、ミヤマキンポウゲ、シナノキンバイの三種はカール内で多くの広い群落を作ることで知られているようだ。
 ハクサンイチゲは水分が十分あるお花畑にも乾燥している条件の悪い急斜面の高山荒原にも生育しており、シナノキンバイ、ミヤマキンポウゲは雪田の近くや水が集まる湿潤な場所のなだらかな斜面に生育し、大きな群落を作るといわれるようだが、このような植生を知った上での花巡りにも納得のいく歩きで大満足でもあった。
 このカール地内で雪渓や残雪は目には入らないが、それはこの時期にも雪のかけらもないのだから当然だが、ではなぜこれだけの花々が乱れ咲いているのだろうと思うのは当然だ。でも氷河時代からの地形地質のメカニズムを知っての花巡りはルンルン気分で興奮気味である。。

 このお花畑に咲くのは次のような種のようだ。

ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、ミヤマキンバイ、タカネスイバ、イワベンケイ、コイワカガミ、ハクサンフウロ、ハクサンチドリ、コメススキ、キバナノコマノツメ、チシマギキョウ、コバノコゴメグサ、アオノツガザクラ、ミヤマホツツジ、ミヤマトウキなどにクロユリも咲いているではないか。いやもっと咲いていただろうが、記憶が及ばない。

 さてさて、このような高山植物が見事な群落をつくって登山者を喜ばせてくれるのはどうしてなのだろうか。学者の説によると、荒川のお花畑が一時的に雨を貯めて水の保存を行い、その水を徐々に放出しているのだろうとある。斜面の土壌断面を調べると枯れた植物からできた分厚い腐植層があったようだ。斜面の凹地はこの腐植層と腐植が分解してできる土壌の発達によって、長い間水を保持できる貯水池と考えられるようだ。
 また、その他の理由として前岳が砂岩、泥岩であり、お花畑の上部の岩石に多くの亀裂がある点が考えられるようだ。だからこれらの亀裂が水を蓄えているのであろう。雪解け水と岩石による貯水、さらに厚い腐植層による水の保持によって、安定した水が植物たちは得られていることから、このようなすばらしいお花畑となっているのだろう。

 大満足で荒川小屋で足を休めよう。でもまたしても小屋前からの冨士はどうにもならなかった・・・。小屋に入っても打つ屋根の雨音は止まなかったのだ。それにしても過去の星空の元でのトイレ小屋通いが懐かしい。そして早朝にいち早く床を抜け出し洗顔に向かい、仰ぎ見る満点の星空を期待していたがやっぱり願いはかなわなかった。
 早朝の満天の星空の夏の大三角や東の空にはこれは誰でも知っているオリオン座の3つ星たちの星座の話も聞いてもらいたかったのだが、この天候なら星の想いなどあろうはずがないのが残念だった。もちろん他にもペガススの大四辺形やカシオペア座なども確認していただきたかったが・・・。

 ここの地形では水の流れに元気ある荒川小屋で、千枚小屋とおなじような状況のダケカンバの多い地で林床にミヤマキンポウゲなどお花畑も楽しめた。さて、雨具をつけてこの荒川小屋より日本のアラスカともいわれる大聖寺平へ進もう。ガレ場の高山荒原群落と高茎群落はお花畑を見慣れた身にとってはそう感動には及ばない。岩壁植物のイワベンケイが気になるくらいだろうか。
 それよりも雪崩跡地や土石流の流出跡地を何度も見て、さらには雪渓が消えたばかりの登山道をトラバースすると、目の前は大聖寺平の東面全体が見渡せるはずだったが、あたりは真っ白なガスガスでここは大聖寺平の案内柱がようやく目に入るくらいである。
 広大な周氷河平滑斜面が大きいのも目にはない。この景観こ誰もが氷河時代に思いを馳せる瞬間となることだろうが、このような感動の大聖寺平をただ風雨のなかに歩を進める隊列が悲しい。本来ならば大きな岩塊やこの岩、砂礫ばかりの大海原のような地でも、よく見渡せば周氷河地形が方々に目に入りソリフラクションロープや階状土の下界では目にすることのできない類まれな光景が目に映らなかったのが申し訳ない気持ちでただひたすら緩やかに小赤石の肩を目指すのみだった。。
 もちろん有名なダマシ平も見えない。それはジグをきって登りながら振り返ると右前方にわずかな広場が見えるのだが、わずかな広場にいわれる条線土やポリゴンと呼ばれる多角形土があるところだが、そこへは登山道はいっていない。うまくいけばと思い双眼鏡持参で覗いて見ていただこうとの用意も徒労に帰してしまった。

 こうして小赤石のピークを踏むと、こちらの稜線には風衝植物たちのアカイシミヤマクワガタが出てカメラをだしたかったがいかんせん雨中である。分岐手前のコルで風を避けての一本だ。そばにはハクサンイチゲ、ミネズオウ、シコタンソウに今回ここだけで目にしたイワウメも雨に泣きそうに咲いていた。

ハクサンイチゲ ミネズオウ イワウメ

 コルの分岐からわずかで最後のピークである赤石岳はひと登りであった。相変わらずガラガラの山頂だが、皆さん今回最後の百名山登頂成功で興奮状態であった。1等三角点地最高峰である赤石岳3120mだったがしかし小雨続き・・・、晴の冨士をバックの写真を撮っていただきたかったのだが・・・
 やむなく直下の線状凹地ばかりの向こうに立つだろう避難小屋へ向かい、暖かいコーヒーでも飲んでいただき小屋の奥さんのハーモニカでも聞いていただこう。聖岳のりりしい姿も見えなかったが、ホッとな飲み物とハーモニカの悲哀のメロディーに目頭を潤ませた方もあるなど、私の遠い経験と同じであることがうれしかった。。
 

 引き返して分岐より足元のあまりよくない急坂道を進んで、水場近くなるとそこにもお花畑が待ってくれていた。もうこれまでから何度も見ているお花たちで皆さん、これは何、あれは何と花名の復唱が楽しげだ。もちろん、シナノキンバイの群落もすばらしく、セリ科のオオカサモチも背丈はまだ低い咲き初めであった。下りのいろいろな高山植物を堪能して、砲台休憩所でハクサンチドリとは違うしこれは何でしょうとの声で、ノビネチドリですなどと名を出してしまったが、これはテガタチドリの誤りであった。この場よりお詫びして訂正である。
 そのポイントは葉の縁がちじれるのがノビネチドリで、ちじれず花弁先が尖らないのがこのテガタチドリである。なお、花弁先の尖るのが個体数多くてよく知られるハクサンチドリだ。他にもエゾシオガマ、ネバリノギランなどがここで初めて見られた。それにしてもこの北沢のお花畑のすばらしいのも一様にうれしそうな顔が並んでいた。この地は赤石岳よりの下山時に稜線右側に真っ白な雪渓が見られたのだが、この雪渓よりの水の供給によるものであることは一目瞭然だった。

 そしてやや足元を注意しながらロープや桟橋を渡って少し登ると富士見平で最後の一本だ。今降りてきた赤石岳を探す声高くあったのだが、私はただ、赤石のピークを探すより反対の北側の荒川岳の地形に関心をいだいてほしかったのだが、ガス取れず皆さんには気の毒な状態だったのだから致し方ないだろう。
 私は富士見台よりのその眺めにもお楽しみいただけるものと期待していたのだが、最後まで天は微笑みをくれなかった。富士はおろか北側に見えるハズの3本のカールを広げる荒川三山の大眺望も雲雲雲であり、わずかに千枚岳が顔見世でお茶を濁す始末であった。山岳光景にもっとも泣いたのはお客様より私自信だったのかも知れない・・

 そして北アでは見られないセリバシオガマの咲き初めなども目にして、わずかで赤石小屋到着だ。この小屋が最終の泊りで皆さん、すっかり心打ち解けて交流の楽しい夜がすごせ、ぐっすりと休めたようである。こちらは小屋で働く旧知のガイド仲間としばし歓談これがまた楽しい。

 最終日は最初にわずか登るもその後は下りばかりだから足は速い。長かった4泊5日のゆったり悪沢から赤石岳縦走での南アの山旅であった。皆様お疲れ様でした。ただ、当方は希少種で個体数の少な目なシロバナタカネビランジ、シコタンハコベ、アカイシミヤマクワガタの写真が撮れなったのが悔やまれた。結果的にやむなく見慣れた種ばかりの画像となってしまった。

 長文となりましたが最後までお付き合いいただきありがとうございました。今後もお花の名峰等でお会いできるのを楽しみにしています。なお、内容にご質問等ありましたらメールにてお問い合わせくださいませ。


本レポにあたり次の文献等を参照させていただきました。 
・南アルプスお花畑と氷河地形 増沢武弘  ・山の自然学 小泉武栄  ・人間にとって森林とは何か 菅原 聡  ・環境問題とは何か 富山和子  ・森林の100不思議 日本林業技術協会など 

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