奥秩父 甲武信ケ岳・金峰山・瑞牆山 '12.10.27~30

 今回は奥秩父の百名山三座だった。まず信州川上郷の廻り目平をベースに甲武信を千曲川源流コースで登り、翌日には西俣沢コースを登って五丈岩の金峰山、そして岩の道を千代の吹上から富士見平へと縦走し、最終日に瑞牆山荘から瑞牆山をピストンで登ってきた。

 しかし、総じて天候には恵まれず、とりわけ最初の甲武信は風雨に泣く一日となってしまった。でもしっとりと濡れてあたりの大紅葉に心奪われながら、毛木平からの登山道は紅葉の落ち葉散る散策路気分で足取りも軽やかだった。
 ハウチワカエデ、ヤマモミジなどカエデ類の赤や黄色は特に目を引き、コシアブラの薄黄緑色は目にやさしい色合いを見せてくれる。中でも山肌に大きく広がるカラマツの黄葉はすばらしく、シラカバの真っ白な幹にも目を引かれ、このような大自然の織り成す錦秋に出会えた喜びにみんなの笑顔満面だ。
 なお、紅葉のメカニズムについてはこちらからご覧願えます。

 そしてずっと千曲川源流の流れる元気な水音のBGMにも脳の活性化に大きく役立ち、どなたも精神的にゆったりとした時が流れる。まさに森林浴気分での歩きであろう。登山道も歩きやすく、ゆったり2時間もかけて自然を楽しみ、そしてナメ滝あたりでの休憩ポイントがすばらしい。

 登り傾斜も緩やかだが、それでも次第に倒木たちも苔むしての風景となって、あたりのさまもますます雰囲気特上気分の高揚が続く。細くなりだす沢にかかる丸太橋も自然に同化して風景の中にマッチし、このような見事な沢に身をおいているのかと心楽しい。

 静かな大自然の続く千曲川源流沿いの遡行だが、登山口の毛木平より3時間半ほどで千曲川・信濃川源流地標のたつ地点到着であった。コメツガ・オオシラビソなどの針葉樹林帯の中の小広いお休み処だ。お蔭で強風も気づかずゆったりと歓談となる。

 もちろんすぐに谷から湧き出るおいしい千曲川の源流を口にしよう。この水が信濃川を行き、367kmも流れ流れて遠く日本海へそそぐのだと聞けば、途中にはどんなロマンがあるのだろうかと夢見てしまいそう。

 この後、わずかな時間であったが、やや急登をあえぎながら主脈縦走路分岐まで押し上げると、さすがに温度低下、さらには強風となって気分を引き締めざるを得ない。でも直下のほんの少しのガレ場をあがると、そこは甲武信ケ岳の狭い山頂だった。

 「頂上に祠もなければ、三角点もない。奥秩父でも、甲武信より高い峰に国師や朝日があり、山容から言ってもすぐ北の三宝山の方が堂々としている。甲武信は決して目立った山ではない。
 にも拘らず、奥秩父の山では、金峰の次に甲武信を上げたくなるのはどういうわけだろうか。おそらくそれはコブシという名前のよさ、歯切れのよい、何か颯爽とした山を思わせるような名前のせいかもしれない。」と深田久弥が日本百名山の中で述べている。

 確かに今も山頂のさまは深田久弥の表現どうりであろう。そしてなぜかその名前には惹かれるものがあるのも一票である。しかしながら、甲武信の山頂に立ってみて、今日ばかりは寒さと強風に泣いた。どうしようもない頂をすぐに辞して三宝山側の樹林帯へ逃避することとし、雨中の立ったままでの食事にこれまた情けない状態となってしまったのが残念だった。 

 下り道は山頂直下の針葉樹林帯をぬって千曲川源流地までほとんど雨に濡れないほどの足にやさしい小屋の歩荷道を下らせてもらった。登りの途中で下山される甲武信小屋主の徳ちゃんに出会ったのでこの道を思い出したのだ。いずれまたゆっくりと徳ちゃんに出会いに甲武信小屋にも顔を出したいものである。

 そして源流から来た道をくだるのみである。しかし、足元は登った朝より強風によってカラマツの黄葉の落ち葉の絨毯状態で、フカフカの気持ちよい下り道となっていた。気を良くして北原白秋の「落葉松」の朗読会をして大黄葉のカラマツを目の前にしてうっとりとした時を得ることができた。

落葉松 北原白秋

  からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き。からまつはさびしかりけり。たびゆくはさびしかりけり。

   からまつの林を出でて、からまつの林に入りぬ。からまつの林に入りて、また細く道はつづけり。

  からまつの林の奥もわが通る道はありけり。霧雨のかかる道なり。山風のかよふ道なり。

  からまつの林の道は、われのみか、ひともかよひぬ。ほそぼそと通ふ道なり。さびさびといそぐ道なり。

  からまつの林を過ぎて、ゆゑしらず歩みひそめつ。からまつはさびしかりけり、からまつとささやきにけり。

六  からまつの林を出でて、浅間嶺にけぶり立つ見つ。浅間嶺にけぶり立つ見つ。からまつのまたそのうへに。

  からまつの林の雨はさびしけどいよよしづけし。かんこ鳥鳴けるのみなる。からまつの濡るるのみなる。

  世の中よ、あはれなりけり。常なれどうれしかりけり。山川に山がはの音、からまつにからまつのかぜ。


 二座目は奥秩父の雄である金峰山を縦走としよう。廻り目平から5時半にスタートし、金峰渓谷沿いの林道を歩くこと1時間半でようやく中ノ沢出合で、これより山道となってくれる。ベニバナイチヤクソウの葉が群落を知らせてくれ、マンネンスギ、タカネヒカゲノカズラなどのシダ類も顔を出していた。
 標高を上げるとなんといってもアズマシャクナゲの小木が目立って多く、6月の頃の見事さを予期させてくれる。最終水場(7:33)や中間点(7:40)の表示は登山者にとってありがたい。

 もちろん、今日もそう天候は喜べない。次第に温度は下がって防寒具のレイヤリングだ。そのうちに道沿いには木肌が赤黒い檜によく似た森となってきた。その主はヒノキ科の仲間でもあるネズコである。この木は方言名をクロベともいい、ゲタ、風呂桶などの材料にも利用されてきたという。特にネズコ下駄は信州では名が知られているようだ。
 なお、この木は昔から木曽五木のひとつといわれているが、それ以外にはヒノキ、サワラ、アスナロ、コウヤマキだ。戦国時代の江戸の大火による復興に木曽の大木が多く利用されたことによって、木曽の山はたちまち裸山となって洪水災害などの被害に見舞われるようになったことから、時の松本藩主は厳しい刑罰を引き換えに木曽五木の伐採を差し止め、山林を守ったといわれている。

 このような森林の保護によって日本の森の長い歴史と先人の苦労のお蔭で、今日では人口1億3000万人もの大国でありながら、国土に占める森林の割合が68.2%と世界でフィンランドに次ぐ二番目の自然大国であることを誇りに思わなくてはならないだろう。

 こんな自然学を楽しみながら相当の登りを延々と3時間50分ほども歩くと金峰山小屋到着であった。着いた小屋内で休ませてと声をかけると、小屋番のおじさんは笑顔で迎えてくれ、早速ストーブの火を大胆に強くして部屋内を温めてくれ、みんなはすぐに応えて暖かいコーヒーだ、お汁粉だと全員が注文だ。
 10時前だというのに、もうここでお昼の食事としようとなって、40分も居座ってしまうこととなったのだ。肌さす冷たい風もそう強よくなく、心配していた縦走も予定どうりできそうだと小屋番の方の見送りを後に、金峰山頂上へ半時間ほどだ。

 5時間もかかって金峰山到着で、深田久弥風にいえば岩の上で最初の快哉を叫んだ。目の前の五丈岩がガスの中から突如として現れ、さらには雲の中から富士の頭であった。

 こうして岩伝いに山頂から五丈岩そばまで進み、強風を避けて岩陰より富士山だ、南アルプスだと山座同定にかまびずしい。寒さに震えながらの至福の喜びを感じながら楽しんでいると、貸切状態から一気に人影がどこからともなく増えているではないか。

 頂の憩いを終えると、いよいよ千代の吹上方面の岩場歩きとなる。砂払ノ頭一帯までの稜線歩きは大岩、小岩の連続でなかなかの厳しさを持っているが、今回はここを下りにとったために、体力的にはなんとか歩けたと思っているが、ここを登りの場合は相当の体力、技術力を覚悟しておかなくてはならない。

 こうして大日岩、大日小屋あたりでの難路を終えて、後は富士見平から瑞牆山荘まで疲れた身体で足を引きずりながら10時間におよぶ大縦走?を終えた。(笑)


 三座目は瑞牆山であった。しかし、この最終日はなんとかお天気となってくれたため、そう寒さはなく快調に歩を進めることができた。なんといってもピストン行程はそんなに心配なく進められるのがありがたい。

 最初の富士見平までのミズナラの森の紅葉などを楽しみながら、やや急坂を登って天鳥川まではハイキングである。しかし、大きな桃岩の上からは一転岩場混じりの連続で、極めて急登が多く、もちろん一枚岩のロープ場も何か所かあって、どうしても余分な時間が必要だ。

 奇岩、裂峰などを見上げて喘ぎながらの岩場を縫って、なんとか瑞牆山荘から3時間10分で岩稜の瑞牆山に立った。もちろん歓喜の声が出たことに違いはない。しかし、最大のお目当てであった富士山がわずかに頭だけしか見せてくれなかったのが、喜びを大きくしてくれなかった原因のひとつでもあった。

 そうはいっても南アルプスは冠雪した白根三山はもとより、甲斐駒に千丈などがずらり勢揃いであって、浅間山方面も姿を見せてくれた。もちろん昨日の金峰山はしっかり五丈岩とともに見せてくれ、その左の大きなピークは国師ケ岳だ。
 そして北へ振り返るとクライミングのゲレンデとして名を馳せる小川山は指呼の間であった。そうそう、西に忘れてならない八ツの広がりはひとつひとつのピークが南の編笠岳、権現岳から北側の横岳、硫黄岳を従えた赤岳が堂々と座っているのが飛び込んでくる。

 このような大展望を大きな岩上で喜々として楽しんだが、いかんせん遠方までの帰りの時間が・・と残念ながら重い腰を上げざるを得ないのが悲しい。こうしてようやく最終日になんとか帳尻を合わせるがごとく締めくくることができたのでよしとしよう。

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